企業が長く繁栄し続けるためには、事業承継と人材育成が極めて重要です。特に、100年以上の歴史を持つ企業は、その理念をどのように次世代に受け継ぎ、時代を超えて競争力を保ち続けてきたのでしょうか。
2024年8月21日、私たちNNAは「あきない特訓道場第12期」の特別プログラムの一環として、近江商人の代表である伊藤忠兵衛と、丸紅を国際企業に成長させた古川鉄治郎の足跡を辿る視察を行いました。この視察の目的は、近江商人で成功した豊郷の先人たちの経営哲学や事業承継の考え方を学び、現代の経営にどのように応用できるかを探ることでした。特に、ランチェスター戦略では、経営力は「事業設備 × 人的能力 × 資本」で決まるとされています。しかし、小さな企業が大手企業と設備や資本で競争するのは非常に困難です。設備や資本では敵わない相手にどう立ち向かうのか、その答えは「人的能力」に焦点を当てた差別化戦略にあります。ランチェスター戦略の視点から、事業承継と人材育成の重要性を深く理解することを目指しました。
目次
視察の目的と背景
「あきない特訓道場」は、経営者やビジネスリーダーを対象とした実践的な経営プログラムであり、第12期では「100年続く企業の創業者がどのような考えで事業に取り組んでいたのか」を学ぶことがテーマとなりました。特に、長寿企業の代表例である伊藤忠兵衛と古川鉄治郎の経営哲学を学び、彼らがどのようにして企業を発展させ、次世代に継承していったのかを深く掘り下げることが目的です。今回の視察では、伊藤忠兵衛記念館や豊郷小学校旧校舎群を訪問し、彼らの足跡を辿ることで、事業承継と人材育成の重要性を再認識しました。
伊藤忠兵衛の教えに学ぶ現場主義と三惚れ主義
視察では、まず伊藤忠兵衛の生涯と彼の経営哲学に触れました。伊藤忠兵衛の座右の銘「地主の足跡は田畑の肥料となり、牧主の眼光は牛馬の毛沢を増やす」は、現場主義と率先垂範の重要性を強く表しています。彼は自らが率先して行動することで、従業員にその姿を示し、企業全体の意識を高めました。この教えは単なる事業の成功法則を示すだけでなく、現場主義は、次世代のリーダーを育てるための重要な指針でもあります。
また、伊藤忠兵衛が掲げた「三惚れ主義」(所在に惚れよ、仕事に惚れよ、女房に惚れよ)は、地域愛、仕事への情熱、そして家族や仲間への愛情を柱とする考え方です。地域に根差し、仕事に全力を注ぎ、家族を大切にすることは、組織全体を強化し、競争優位を築くための基本的な哲学です。彼は、企業の成功にはこの三つの要素が不可欠であり、それを従業員に教え、実践させました。
古川鉄治郎のスタンフォード大学視察と丸紅精神
次に、丸紅の発展に大きく貢献した古川鉄治郎に注目します。彼は、丸紅を国際企業へと成長させるために積極的に海外視察を行い、その中でもスタンフォード大学の訪問が彼にとって大きな刺激となりました。
スタンフォード大学は、創設者であるリーランド・スタンフォード氏が、唯一の息子を失った悲しみを乗り越え、その息子の名を冠して設立したものです。スタンフォード氏は、自らの財産を社会に還元し、教育という形で後世に貢献することを選びました。古川鉄治郎はこの理念に深く感銘を受け、日本においても財産を社会に還元することの重要性を認識しました。
鉄治郎は、この教訓を基に、丸紅精神を築きました。丸紅精神とは、鉄治郎が丸紅の創業時にまとめたもので、企業の経営哲学として今も受け継がれています。丸紅精神の第一条は「正義公明ヲ期スヘシ」であり、嘘をつかず、商品に偽りがないことを何よりも重んじるという信念を示しています。また、質素倹約や向上心、共存共栄を大切にする精神が強調されています。これらの精神は、単に企業が利益を追求するのではなく、社会との調和を図りながら成長していくための基本的な指針です。
特に、鉄治郎が学んだ「財産は社会に還元すべき」という理念は、彼の経営哲学に深く刻まれており、彼は自らの財産の2/3を投入して、社会貢献のためにさまざまな活動を行いました。その一環として、鉄治郎が特に力を入れたのが、地域社会の教育環境の整備でした。
豊郷小学校旧校舎群:教育と社会貢献の象徴
鉄治郎の社会貢献への取り組みを象徴する例として、今回の視察で訪れた豊郷小学校旧校舎群があります。この校舎は、当時としては非常に珍しい鉄筋コンクリート造りで、約4万平方メートルの広大な敷地に、プール、講堂、テニスコート4面、100メートル走のトラック、水はけの良いグランド、集中暖房施設など、当時の最先端設備が揃えられていました。
また、校舎にはお弁当を温めるための設備があり、子供たちが温かい食事を取れるように配慮されていました。さらに、日本初の水洗トイレも設置され、衛生的で快適な環境が整えられていたことは、地域社会への深い愛情と、未来を担う子供たちへの思いが込められていることを示しています。
鉄治郎は、これらの設備が単なる物理的な建造物に留まらず、地域の教育水準を引き上げ、次世代のリーダーを育成する場となることを願っていました。このように、設備投資によって子供たちに優れた教育環境を提供することは、人的能力の強化につながり、それが地域全体の発展に寄与すると考えていたのです。
人的能力に焦点を当てた差別化戦略の重要性
ランチェスター戦略の視点から見ると、伊藤忠兵衛や古川鉄治郎が残した教えは、「人的能力」に重点を置いた差別化戦略に繋がるものです。大手企業と設備や資本で競争するのは難しい中、小規模企業が競争で勝つためには、従業員一人ひとりの能力を最大限に引き出し、組織全体としての力を高めることが必要です。
鉄治郎が丸紅精神に込めた教えや、豊郷小学校の建設を通じた教育への貢献は、すべてこの「人的能力」の強化に結びついています。小さな企業が大手に対抗するためには、人的能力を基に競争優位を築き、他社との差別化を図ることが不可欠です。
丸紅創業の精神と現代の経営への適用
丸紅の創業の精神は、鉄治郎がスタンフォード大学から得た教訓と強く結びついています。彼は、財産を社会に還元することの重要性を学び、それを実践しました。鉄治郎は「世の中には財産を作る人はたくさんいるが、つくった財産の処分をうまくやっている人は少ない。特に日本人に無いように見受ける。財産はいつまでも一家一族で伝えるものではない。それを日本内地の財産家は無理に子ども伝えようとして、却って馬鹿息子をいだし、一生苦労して創り上げた財産を作った人は死ねば、その子孫は湯水のように使い尽くしている例は日本にたくさんある。これらの人は賢明なステンフォード氏の財産処分法をもって他山の医師とすべきである」と世界ひとのぞ記という書籍で語っています。
さらに、この考え方を丸紅の経営哲学として確立し、企業が単なる利益追求に留まらず、社会全体に貢献することを目指しました。
丸紅創業の精神は、今日に至るまで多くの企業にとって模範となっています。企業が成長し続けるためには、ただ内部で資産を蓄えるだけではなく、それをどのように社会に還元し、次世代に貢献していくかが重要だと考えたようです。鉄治郎は、財産を社会に還元し、次世代の教育や社会貢献に投資することで、企業は地域社会と共に成長していくことができると信じていました。
このような社会貢献の姿勢は、現代の経営においても重要な視点だと思いました。今後益々、企業が成長し続けるためには、社会との共存共栄を目指し、地域社会や従業員に対する責任を果たすことが不可欠です。社会から選ばれる企業が選定されていく時代です。鉄治郎が丸紅創業の精神に込めた教えは、単に企業の内部で完結するものではなく、社会全体に対する責任をも含んでいます。
事業承継と社会貢献の未来
事業承継とは、単に企業の資産や経営権を次世代に引き継ぐだけでなく、企業の理念や価値観、そして社会に対する貢献の姿勢を受け継ぐことでもあります。伊藤忠兵衛と古川鉄治郎が示したように、事業の成功は現場での努力や地域愛だけでなく、人材育成に対する真摯な取り組みによっても支えられています。
特に、小規模企業が生き残り、発展していくためには、人的能力に焦点を当てた差別化戦略が重要です。設備や資本が限られているからこそ、人的能力を強化し、それを基にした競争優位を築くことが、企業の持続可能な成長に繋がります。
最後に、2024年8月21日の視察を通じて、私は改めて人材育成と社会貢献の重要性を学びました。規模や業態に関わりなく、この教えを経営に活かせると私は、考えています。人的能力を軸とした差別化戦略を展開する。次世代に誇れる企業を築くために、今できることを着実に進めていきましょう。社会に貢献しながら、次世代のリーダーを育てることが、企業の未来を切り開く鍵となります。
参考図書
・豊郷小学校旧校舎群ガイドブック
・世界ひとのぞ記 古川義三著
投稿者プロフィール
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1962年 大阪生まれ。1位づくり戦略コンサルタント。
中小企業に従事した自らの体験を踏まえ、コンサルタントとしてこれまで1300社以上の指導実績を持つ。
また豊富な現場経験から生み出された1位づくり戦略をはじめ多彩なテーマで年間100回以上のセミナーを行い、実践的かつ即効性がある好評を博している。
自ら主催する経営塾「あきない道場」には、全国からたくさんの経営者が参加。その理論を実践し短期間に多くの成功事例を生み出している。
著書には、『小さな会社★採用のルール』をはじめ、『「あなたのところから買いたい」とお客に言われる小さな会社』、『小さな会社☆No.1のルール』、『小さな会社☆集客のルール』、『スゴい仕掛け』など、いずれもAmazonカテゴリーで1位を獲得している。
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