
「ちょっと相談があるねん」
そう言って息子が話しかけてきました。
事務所から移動して、研修ルームの扉を開けた瞬間、
私は思わず足を止めました。
ホワイトボードいっぱいに書き込まれた文字。
矢印でつながるアイデア。
何度も考え直した跡。
そこには、「どうしたら形になるのか」と向き合い続けた
彼の思考の軌跡がありました。
私はすぐに答えを出すことはしませんでした。
まずは聴く。
何に悩み、何を実現したいのか。
その言葉の奥にある意図を感じ取りながら、
自分の経験や想いを重ねていく。
教えるのではなく、共に考える時間。
その中で、一つの企画が輪郭を持ち始めていきました。
目次
地域との関わり方を問い直す学生たちの挑戦
今回、息子が関わっているのは、大阪公立大学・松本ゼミの活動です。
このゼミでは、いわゆる「移住者を増やす」といった発想だけではなく、
地域の関係人口を増やすというテーマに取り組んでいるそうです。
つまり、その地域に住む人を増やすことだけが目的ではない。
定期的に訪れる人、応援してくれる人、気にかけてくれる人、
いわば「第二のふるさと」のように関わる人を増やしていく。
それによって、首都圏だけに人も活力も集中してしまう流れに対して、
地方が地方らしく元気を取り戻していく道を探ろうとしているのです。
とても大切な視点だと思いました。
南森町での実践と、その先に生まれた問い
息子は2025年2月からこのゼミに関わり、
同年6月には、徳島県牟岐町を題材にしたイベントに取り組むことになりました。
舞台は南森町商店街。
牟岐町を知ってもらうために、特産の柚子を使いながら、
スタンプラリーにしたり、コラボ商品をつくったり、ジュースを出したり。
学生たちなりに知恵を出し、工夫を重ねてイベントをつくり上げたそうです。
その結果、人は集まりました。
イベントとしては一定の成果が出た。
「よかったな」で終わっても、おかしくありません。
しかし、そこで終わらなかったのです。
「知ってもらう」だけでは何も変わらないのではないか
イベント終了後、先生との対話の中で、息子たちは大切な問いにぶつかりました。
柚子の商品を食べてもらった。
牟岐町の名前も知ってもらった。
けれど、それで何が変わったのか。
「知ってもらえた」で終わってしまうなら、
それは本当に地域の未来につながっているのだろうか。
この問いは、とても本質的です。
「知る」だけでは、何も変わらない
世の中には、「来場者数が増えた」「認知が広がった」といった成果指標がたくさんあります。
もちろん、それも意味のあることです。
しかし、そこで止まってしまうと、本当の変化は生まれないことも多い。
息子たちはそこに気づき始めていました。
地域と地域をつなぐという発想
2025年12月のイベントでは、その発想がさらに進みます。
松本ゼミがメインで関わっていた徳島県牟岐町と、宮崎県諸塚村。
この二つの地域を、外向けに一方的に紹介するのではなく、
地域と地域をつなぐという方向へ発想を転換したのです。
そこで活用したのが「宝物ファイル」でした。
学生主体でオンラインの場をつくり、
牟岐町と諸塚村がつながる時間を生み出した。
すると、場の空気が一変したそうです。
「今度行きます」
「どうやったら交流できますか」
ただ紹介するだけでは生まれなかった対話が始まり、
そこには、言葉では表しきれない熱が生まれた。
ここから何かが生まれるかもしれない。
そんな予感があったという話を聞いて、私も胸が熱くなりました。
地方の魅力は、特産品だけでは語れない
体験して初めて見える、本当の価値
さらに話を聞く中で、もう一つ印象に残ったことがありました。
牟岐町といえば柚子。
イベントでもその特産品を軸に展開してきた。
けれど、実際に現地へ行ってみると、
本当の魅力は柚子そのものだけではなかったというのです。
その土地の空気感。
現地の人との会話。
夜に皆でご飯を食べたあとの時間。
案内してくれる地域の方のぬくもり。
小学生が自分の町のことを一生懸命話してくれる姿。
そういうものに触れたときに、
「また来たい」
「誰かを連れてきたい」
そんな気持ちが自然に湧いてくる。
これは、パンフレットや物産展だけでは伝わりません。
現地に流れている人の温度や関係性に触れて、
初めて分かる魅力があります。
息子は続けて話してくれました。
地方創生とは、
何かを売り込むことではなく、
人と人との関係を生み出すことなのかもしれない、と。
学生と中小企業をつなぐ、新しい構想
そこで2026年の方針として浮かび上がってきたのが、
とても面白い企画でした。
松本ゼミには、動ける学生たちがいる。
松本先生という大きな存在がいる。
一方、私たち(NNA)には何があるのか。
YouTubeやSNSもある。
けれど、それ以上に大きいのは、
中小企業の面白い社長たちとのつながりです。
この二つを掛け合わせたらどうなるか。
誰でも彼でも地方に連れていくのではない。
ただ「こんな町がありますよ」と紹介するのでもない。
まず学生たちが中小企業を取材する。
会社へ訪問し、社長の想いや会社の魅力、課題を聞く。
その上で、学生がその会社の魅力をプレゼンする。
そして、その延長線上で地域の魅力を提案し、
最終的には社長たちに実際に現地へ足を運んでもらう。
この流れです。
私はこの話を聞いたとき、
「それは面白い」と思いました。
なぜなら、これは一方的な売り込みではないからです。
最初に相手を理解する。
相手の魅力を言語化する。
相手に喜んでもらう。
そのうえで提案する。
まさに、
応援するから、応援される。
その形になっているからです。
学生が会社の魅力を語る。その価値は大きい
特に面白いと感じたのが、2026年6月のプレゼン大会の構想でした。
学生たちが企業取材をしたあと、
大学の場で、各社の魅力をプレゼンする。
「この会社はこんな仕事をしていて、
こんな強みがあって、こんな課題がある」
それを学生目線で発表するのです。
これを社長や社員が聞く。
これは、相当価値があります。
普段、自社のことは自分たちが一番よく知っているようでいて、
外からどう見えているかは、案外分からないものです。
そこに学生というまっすぐな視点が入る。
「この会社のここが素敵だと思いました」
「こんな強みがあると感じました」
そう語ってもらえるだけで、社長も社員も嬉しいはずです。
しかも、それは採用広報にもつながる。
自社紹介の新しい素材にもなる。
動画にすれば、さらに広がる。
つまりこの企画は、地域創生だけではなく、
中小企業にとっても価値があるのです。
ここに私は、大きな可能性を感じました。
「学び」が現場とつながるとき
私はこれまで、多くの企業と関わってきました。
その中で感じるのは、
「学び」と「現場」が分断されていることの多さです。
学校で学ぶことと、社会で求められること。
そこにギャップがあります。
しかし今回の取り組みは、その壁を越える。
学生は現場に入り、リアルに触れる。
企業は学生の視点から新たな気づきを得る。
地域は新しい関係性を手に入れる。
三者がつながることで、
これまでにない価値が生まれていきます。
見えてきた3つの流れ
議論を重ねる中で、構造が整理されていきました。
① 体験する(現場・現物・現状)
実際に企業を訪問し、リアルに触れる。
② 理解する
経営者の想いや、事業の背景を深く聴く。
③ 伝える
自分の言葉で整理し、第三者に伝える。
この流れが見えたとき、
ホワイトボードの情報が一気に整理されました。
大学でのプレゼンという場が価値を生む
今回の取り組みの中で、
もう一つ大きな柱となったのが「大学でのプレゼンの場」です。
学生たちは企業を訪問し、取材を行います。
現場に足を運び、経営者の想いを聴き、
その会社の価値を自分なりに理解していく。
そして、その内容を大学でプレゼンします。
ここに特徴があります。
ただの発表ではありません。
その場には、
実際に取材を受けた企業の関係者、
つまり社長や社員の方々も参加します。
学生が語る「企業の姿」を、
企業自身がその場で受け取るのです。
「理解された」と感じる瞬間
学生が、自分たちの言葉で会社の魅力を語る。
「この会社はこういう強みがあって、
こういう想いで仕事をされていると感じました」
その言葉を、社長や社員が聞く。
そのとき、多くの経営者は、
ある感覚を持つのではないかと思います。
「自分たちのことを、理解してもらえた」
これは非常に大きな価値です。
普段、自社のことを外部の人に伝える機会はあっても、
第三者が自分たちの価値を言語化してくれる機会は多くありません。
それを学生が担うことで、
企業側にも新しい気づきが生まれます。
共有することで価値になる
さらに、このプレゼンは個別のものではなく、
その場に集まった全員で共有されます。
企業関係者、学生、大学。
それぞれの立場から、
同じプレゼンを見て、感じる。
すると、そこに共通の理解が生まれます。
「この会社はこういう価値を持っている」
「こういう魅力がある」
その共通認識が、
新たな関係性の土台になります。
4社と牟岐町という構成
今回の企画では、
企業は4社を想定しています。
製造業や建設業など、
それぞれに異なる現場と価値を持った企業です。
そして、そのプレゼンの中に、
もう一つのテーマを組み込みます。
それが、徳島県牟岐町です。
企業と同じように、
牟岐町についても学生がプレゼンを行う。
「どんな場所なのか」
「どんな人がいて、どんな価値があるのか」
企業と並列に語られることで、
単なる“地域紹介”ではなく、
一つの“価値の提案”として位置づけられます。
つながりが生まれる設計
この構成には意図があります。
企業のことを理解した学生が、
その延長線上で地域を語る。
すると、企業側はそれを
“売り込み”としてではなく、
“提案”として受け取ることができます。
さらに、その場には複数の企業がいるため、
他社のプレゼンも共有されます。
「他の会社はこう見られているのか」
「自分たちはどう見られているのか」
その比較や気づきも含めて、
場全体が学びになります。
大学・企業・学生・地域がつながる
この一つの場の中に、
・大学
・企業
・学生
・地域
すべてが集まります。
それぞれが一方的に関わるのではなく、
互いを理解し、言葉にし、共有する。
そのプロセスそのものが、
新しい価値を生み出していきます。
授業としての実践――3時間に込めた設計思想
今回の取り組みは、大阪公立大学の松本ゼミの先生から、
「3時間の授業を任せていただく」という機会から具体化していきました。
単なる講義ではなく、
現場で使える力を身につける時間にしたい。
その想いから、私たちは一つの考え方を大切にしました。
教えるのではなく、体験してもらう。
そしてもう一つ。
相手を理解する前に、まず自分を知ること。
この2つを軸に、3時間のプログラムを設計していきました。
前半:自分を知ることから始める
授業の前半は「自己理解」です。
企業を取材する前に、
自分自身をどれだけ言語化できているか。
ここが、すべての土台になります。
そこで取り入れたのが、
マンダラ形式の自己紹介シートです。
自分の過去、現在、価値観、興味関心。
それらを一つひとつ言葉にしていく。
頭の中にあるものを、外に出す。
これだけでも、学生にとっては簡単ではありません。
自己紹介ではなく「他者紹介」
シートができたあと、
学生同士でペアを組み、自己紹介を行います。
しかし、ここで終わりではありません。
次に行うのが、
「パートナーを紹介する」プレゼンです。
自分のことを話すのではなく、
相手のことを、第三者に伝える。
「この人はこういう経験をしていて、
こういう想いを持っている人です」
これが、プレゼンの本質です。
相手を理解しなければ、伝えることはできない。
この体験を通じて、
学生たちは自然と“聴く力”の重要性に気づいていきます。
後半:取材力を体験する
後半は、いよいよ「取材力」です。
ここで使うのが、プロフィールシートとヒアリングシートです。
まず、自分自身が自己開示を行う。
その上で、相手の話を引き出していく。
一方的に質問するのではなく、
関係性の中で対話を生む。
これが、今回の取材の考え方です。
過去・現在・未来で深める
ヒアリングでは、
過去・現在・未来の3つの軸を使います。
・これまでどんな経験をしてきたのか(過去)
・今、何を大切にしているのか(現在)
・これからどんな未来を描いているのか(未来)
この流れで聴くことで、
相手のストーリーが立体的に見えてきます。
さらに、そこに問いを重ねていく。
「なぜそれを大切にしているのか」
「そのきっかけは何だったのか」
問いによって、言葉の奥にある想いが引き出されていきます。
学生同士でのトレーニング
いきなり経営者に取材するのではなく、
まずは学生同士でトレーニングを行います。
テーマを設定し、
インタビューを実践する。
・どう聴くか
・どう引き出すか
・どう反応するか
その一つひとつを体験しながら学んでいきます。
そして、フィードバックを行う。
この繰り返しの中で、
取材力が少しずつ磨かれていきます。
授業の本当の価値
この3時間で伝えたいことは、技術だけではありません。
相手を理解することの大切さ。
そして、そのために自分を知ること。
さらに言えば、
問いを持つことの意味です。
良い問いがあるから、深い対話が生まれる。
深い対話があるから、価値が見えてくる。
このプロセスそのものが、学びです。
現場につながる学びへ
この授業で体験したことは、
そのまま企業訪問につながっていきます。
学生たちは実際に企業を訪れ、
経営者に問いを投げかける。
そして理解し、言葉にし、プレゼンする。
授業と現場が分断されるのではなく、
一本の流れとしてつながっている。
そこに、この取り組みの意味があります。
親子でつくるからこそ見える景色がある
今回の対話の中で、私は息子に対して、
ただ助言をしていたわけではありません。
息子の中から出てくる発想を受け取り、
それをどうしたら形になるかを一緒に考えていました。
途中で流れが弱いところがあれば補い、
相手に届く順番に並べ直し、
企画として立ち上がるように骨組みをつくっていく。
その時間が、とても楽しかったのです。
親がすべてを教えるのではない。
息子が持っている感性を尊重しながら、
私の経験を少し重ねることで、
一つの企画が輪郭を持ち始める。
この感覚は、何とも言えない喜びでした。
既存の事業を支えることも大切。
土台を守ることも大切。
けれど、そこに加えて、
次の時代の種を親子で一緒に蒔いていく。
私はそこに、大きな希望を感じています。
最後に
今回の対話を通して、あらためて思いました。
新しいものは、
一人でつくるより、
誰かと一緒につくるほうが面白い。
しかもそれが親子であれば、
なおさらです。
息子の感性がある。
息子の人脈がある。
息子の世代だからこそ見える世界がある。
そこに、私の経験を少し掛け合わせる。
そうして一つの形が見えてくる。
その時間が、こんなにも嬉しいものなのか。
今ある事業を守ること。
受け継いできた価値を磨くこと。
それは経営においても、人生においても、とても重要なことだと思います。
親子で一つのことを形にしていく。
既存のものを支えるだけでなく、
新しい価値を一緒に生み出していく。
その喜びを、私はこれからも大切にしていきたいと思います。
まだ世の中にない新しい企画を一緒につくっていく。
その時間の中に、何とも言えない喜びがありました。
投稿者プロフィール

-
1962年 大阪生まれ。1位づくり戦略コンサルタント。
立志立命式代表世話人。
中小企業に従事した自らの体験を踏まえ、コンサルタントとしてこれまで1300社以上の指導実績を持つ。
また豊富な現場経験から生み出された1位づくり戦略をはじめ多彩なテーマで年間100回以上のセミナーを行い、実践的かつ即効性がある好評を博している。
自ら主催する経営塾「あきない道場」には、全国からたくさんの経営者が参加。その理論を実践し短期間に多くの成功事例を生み出している。
著書には、『小さな会社★採用のルール』をはじめ、『「あなたのところから買いたい」とお客に言われる小さな会社』、『小さな会社☆No.1のルール』、『小さな会社☆集客のルール』、『スゴい仕掛け』など、いずれもAmazonカテゴリーで1位を獲得している。



