龍源寺間歩に到着すると、入口でガイドの方が迎えてくれました。
龍源寺間歩は江戸時代中頃に開発された坑道で、全長は約600メートルに及びます。石見銀山の中でも、大久保間歩に次ぐ規模を誇る大坑道です。現在見学できるのは入口から約157メートルまでですが、それでも当時の採掘の様子を十分に感じることができました。


坑道内は、現在は歩きやすく整備されていますが、ガイドの説明を聞くうちに、当時の作業環境がいかに過酷であったかが伝わってきます。坑道は狭く、立ったまま歩くことが難しい場所も多く、照明のない暗闇の中での作業が続いていました。空気の循環や排水も、すべて人の手による工夫に頼っていたそうです。


坑道の壁には、約30センチ間隔で刻まれた印が残っています。これは、一日に掘り進めた距離を示すもので、数人のチームが交代しながら作業を続けていた証だそうです。機械のない時代に、硬い岩盤をノミだけで掘り進めていく作業の大変さを思うと、自然と背筋が伸びる思いがしました。


石見銀山では、鉱脈を探し当てるために「横相(よこあい)」と呼ばれる水平坑道を掘る技術が発達していました。鉱脈の走る方向を見極め、その方向に水平に坑道を掘ることで、排水や鉱石の運搬を効率化するという、当時としては画期的な方法です。複数の鉱脈を同時に掘り進めることができ、地下水を銀山側へ流す役割も果たしていました。

換気についても工夫が凝らされていました。江戸時代末期には、備後国の医師・宮 太柱(みや たいちゅう)氏が、農具の唐箕を改良した通風装置を考案し、実際に使用されていたそうです。限られた環境の中で、少しでも作業条件を改善しようとする試みが重ねられてきたことがわかります。


坑道を進む中で、天井に小さな影があることに気づきました。よく見ると、そこにはコウモリが静かにぶら下がっていました。子どもの頃、夕方に空を飛ぶ姿を見かけた記憶はありますが、こんなに近くで、岩肌にしがみつく姿を見るのは初めてでした。細い足でしっかりと岩を掴み、眠っている様子は、不思議でありながらどこか愛らしく感じられます。
江戸時代から続くこの坑道で、人の営みが途絶えた後も、コウモリたちは静かに暮らし続けてきたのでしょう。人の歴史と自然の営みが、同じ空間の中で重なっていることを実感する瞬間でした。
龍源寺間歩を歩いて感じたのは、石見銀山が単なる遺跡ではないということです。採掘の技術、健康を守るための工夫、そして自然との共存。その積み重ねが、今もこの場所に静かに残されています。

最後に、ガイドさんが、「福面」について教えてくださいました。
宮 太柱氏は、鉱夫たちが肺病に苦しんでいることを知り、鉱山病対策として防塵用の「福面」を考案しました。これが、日本最古のマスクといわれているそうです。
絹地に柿渋を塗り、梅肉を練り込んだ布を鉄製の枠に取り付けたもので、粉塵の吸入を防ぐ役割を果たしていたといいます。また、梅肉の香に唾液がでて飲み込むことで粉塵が肺に入らないようにしたとか、いざというときは食べることもできたなど、「本当かどうか分かりませんけどね」と笑いながらお話されました。
日本最古のマスク「福面」の存在は、現在のコロナ禍を経験したこともあり、とても身近に感じるとともに、人々の健康を守ろうとしてきた歴史に、改めて感動しました。
江戸時代の街並みが残る石見銀山・大森の町並みを歩いた記録はこちら
投稿者プロフィール

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ランチェスター顧客維持戦略「内勤営業育成講座」講師
インサイド営業・内勤営業育成コンサルタント
脳科学のプログラム「メンタルラボ」認定講師
自己成長のプログラム「宝物ファイル」認定講師
出身:島根県安来市、高校時代バレーボールで国体出場
趣味:古い街並み巡り♪
大阪商工会議所各支部、組合•団体、企業にてパソコン講座の講師を5年経験。
コンテンツ制作を担当したHPがNCネットワークのHPコンテストで最優秀賞を受賞。
2018年より内勤者がお客様づくりの仕組みをつくり営業を支援する「内勤営業育成講座:全10回講座」を企画開講し現在も継続中。
高槻商工会議所様、大阪産業創造館様、大阪労働協会 osakaしごとフィールド様、一般社団法人 住生活リフォーム推進協会(HORP)様にて研修を担当
内勤営業育成コンサルタント 藤原 紀子
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