香川県木田郡三木町にある「渡邉邸」を訪ねました。
今回ご案内いただいたのは、渡邉邸のオーナー・小橋あやみさんと、讃岐市で古民家や古い木造住宅を専門にされている谷野設計の谷野友香さんです。
谷野さんは、渡邉邸を国の登録有形文化財として登録するための資料作成に携わられました。
渡邉家の歴史や、この家で受け継がれてきたお茶のことは小橋さんから。
建物のつくりや特徴については、谷野さんから。
お二人のお話を聞きながら、ゆっくりと邸内を案内していただきました。

一歩入ると、まるでタイムスリップ
渡邉邸に一歩足を踏み入れると、まるで時間をさかのぼったような感覚になります。
畳の部屋に、障子や襖。
長い年月を重ねた柱や建具。
格子越しに差し込む、やわらかな光。
部屋から庭へ目を向けると、緑の木々や飛び石、風情ある建物が目に入ります。
飾りすぎない素朴な佇まいが、静かで落ち着いた空間をつくり出しているように感じました。

部屋から部屋へ進んでいくと、窓の形や天井、建具、床の間など、しつらえも少しずつ違います。
谷野さんのお話を聞きながら見ていくと、それまで何気なく「きれいだな」「珍しいな」と眺めていたものにも、一つひとつ意味や工夫があることが分かってきます。
さらに奥へ進むと、茶室へ。

小さな入口や格子窓、庭の飛び石。
一方で、足元には鮮やかな緑色の織部焼のタイルが使われている場所もあり、伝統的な空間の中に少し意外なモダンさも感じられます。




そして、床の間にも驚く仕掛けがありました。
床の間の前端にある床框(とこがまち)の部分には、普段は表から見えないように覆いがされています。
それを外して見せていただくと、中から現れたのは、黒い漆の上に金色の文様が施された、とても華やかな意匠。
落ち着いた佇まいの床の間から、突然鮮やかな装飾が現れ、そのギャップにも驚きました。
さらに谷野さんが教えてくださったのが、内側の華やかな部分だけではなく、それを覆っている部材そのものにも漆が施されていること。
見せる部分だけに手をかけるのではなく、その装飾を守る部分にも丁寧な仕事がされている。
目に見えるところだけでは分からない、当時の職人の技や、この家にかけられたこだわりを感じる部分でした。


大切なものは守りながら、それぞれの時代を生きた人が手を加え、暮らし、次の世代へとつないできた家。
長い年月を経た建物でありながら、どこか人の温度を感じるのは、そんな歴史が重なっているからなのかもしれません。
茶の湯から育まれた、日本の「おもてなし」
そして、茶室や庭を巡りながら小橋さんが話してくださったのが、渡邉家で実際に経験されてきたお茶の世界でした。
日本の「おもてなし」の文化を考えるうえで、茶の湯は深いつながりがあります。
安土桃山時代、千利休らによって茶の湯が大成されていくなかで、相手を思いやり、その一度の時間を大切にする精神も育まれていきました。
よく知られているのが、「一期一会」という言葉です。
目の前の人と過ごすこの時間は、二度とまったく同じ形では訪れない。
だからこそ、その一度の出会いを大切にする。
季節に合わせて花や道具、掛け物を選ぶ。
お客さまのことを考え、心地よく過ごせるように準備をする。
何か特別なサービスをすることだけが「おもてなし」ではなく、相手のことを想像し、その人のために見えないところまで心を配ること。
そんな日本独自の文化が、茶の湯の中で育まれてきたのだと思います。
そして小橋さんから伺った渡邉家でのお茶のお話には、その精神が具体的な形となって表れていました。
言葉にしなくても伝わる「おもてなし」
茶室へ向かう途中には飛び石があり、入ってはいけない場所には「止め石」が置かれています。
蹲(つくばい)では手を清め、口をすすいでから茶室へ。
そして茶室への入口である躙口(にじりぐち)は、とても小さく、頭を下げなければ入ることができません。
扉も、少し開いていれば「こちらへどうぞ」。
きちんと閉まっていれば「ここから先には入りません」という合図になるそうです。
「こちらから入ってください」
「ここには入らないでください」
と、いちいち言葉で説明するのではなく、相手が自然に分かるように整えておく。
相手を迷わせないことも、おもてなしなのだと感じました。
お客さまを迎える前から始まっている
茶会では、お客さまが来られる前に丁寧に掃除をし、庭には打ち水をして迎えます。
茶碗や道具を整えるだけではありません。
どなたが来られるのか。
どのようなお客さまなのか。
何を用意すれば喜んでいただけるのか。
そこまで考えて準備するそうです。
お話の中で印象に残ったのが、
「みんなに同じではなく、一人ひとりを見て、その人に対して」
という考え方でした。
おもてなしは、お客さまと顔を合わせてから始まるのではありません。
その方のことを思い浮かべ、準備をしている時から、すでに始まっている。
そんなことを教えていただきました。
茶会を支える力
茶席でお客さまを迎え、直接お話をするのは、基本的に亭主。
招かれるお客さまも、基本的には茶道を心得ている方々だったそうです。
亭主とお客さまとの間では、お茶だけでなく、掛け軸や花、茶道具、季節のことなど、さまざまな会話が交わされます。
けれど、その席を支えているのは亭主だけではありません。
表からは見えにくいところに、お菓子を出したり、下げたり、茶席の進行を支えたりする人たちが控えています。
小橋さんのお話で特に印象に残ったのが、その茶席の裏側で控える人たちのことです。
お客さまの様子をずっと見ているわけではありません。
では、どうやって「そろそろ次のお菓子を」「今、下げるタイミングだ」と判断するのでしょうか。
それは、音や気配。
亭主とお客さまの会話。
戸が閉まる音。
お茶を飲み切った時の音。
人が動く気配。
そうしたものに耳を澄ませながら、茶席が今どのような状況なのかを感じ取り、自分が動くタイミングを判断していくそうです。
ただ「言われたから動く」のではありません。
直接見えていなくても、今、何が起きているのかを感じ取る。
そのためには、普段から感覚を研ぎ澄ませておく必要があります。
相手をよく見ることだけではなく、音を聞き、気配を感じ、先を読む。
これも、おもてなしなのだと感じました。
メモを取らず、聞いて、覚える
もう一つ、とても印象に残ったお話があります。
茶席では、亭主とお客さまの間でさまざまな話が交わされます。
後ろに控える人たちは、その会話に入ることはありません。
けれど、耳ではしっかりと聞いている。
そして、その場でメモを取るのではなく、聞いたことを覚え、自分の中に蓄えていく。
掛け軸のこと。
道具のこと。
季節のこと。
お客さまとの会話。
一つひとつの茶席そのものが、学びの場になっているのです。
聞いたことを覚え、茶席が終わったあとに、
「あのお茶は何だった?」
「お花は何だった?」
と振り返り、確かめ合いながら学んでいったそうです。
教えてもらうことだけが学びではない。
亭主がどんな言葉を使い、どのようにお客さまを迎え、どんなタイミングで動いているのか。
それを感じ、聞き、覚え、自分のものにしていく。
こうしてお茶の文化やおもてなしの心が、人から人へと受け継がれてきたのだと思うと、とても興味深く感じました。
「和敬清寂」に込められたもの
お話の中で出てきたのが、お茶の精神を表す
「和敬清寂(わけいせいじゃく)」
という言葉です。
「和」は、互いに心を開き、調和すること。
「敬」は、互いを敬うこと。
「清」は、目に見えるところだけでなく、心も清らかにすること。
「寂」は、何ものにも乱されない静かな心。
人と人が調和し、互いを敬い、身も心も清らかにし、静かな心で向き合う。
お花も、華美に飾るのではなく「野にあるように」。
香りの強い花を避けるのも、お茶の香りを邪魔しないためだと伺いました。
豪華なものを用意することが、おもてなしなのではありません。
そこにいる人が心地よく過ごせるように、余計なものを取り除き、細かなところまで心を配る。
「何をしてあげよう」ではなく、
「どうすれば、この人に喜んでもらえるだろう」
その思いが、茶の湯のさまざまな所作やしつらえにつながっているように感じました。
見えないところにこそ、おもてなしがある
今回、渡邉邸を訪ねて感じたのは、おもてなしとは、目の前で何かをしてあげることだけではないということです。
お客さまを迎える前から、その人のことを考える。
季節や相手に合わせて準備をする。
その場では表に出なくても、音や気配に耳を澄ませ、必要なときに必要なことができるように控えている。
そして、そこで交わされる会話から学び、次のおもてなしへとつないでいく。
茶席でお客さまと直接話をするのは亭主一人でも、その時間を心地よいものにするために、見えないところで何人もの人が心を配っている。
そこに、茶の湯から受け継がれてきた「おもてなし」の奥深さを感じました。
長い間、人を迎え、お茶を点て、相手を思い、時間を共にしてきた場所。
渡邉邸には、建物そのものに「人を迎える空気」が染み込んでいるように感じました。
歴史ある建物をただ残すのではなく、暮らしながら、手を入れながら、次の世代へつないでいく。
そして今も、人が訪れ、語り合い、新しい出会いが生まれている。
それもまた、この家が受け継いできた「おもてなし」の形なのかもしれません。
「一期一会」。
その一度の出会いを大切にするために、相手を想い、準備し、感じ取り、動く。
渡邉邸で触れたお茶の世界から、今の私たちにもつながる大切なことを、たくさん教えていただきました。

有限会社 谷野設計
https://sanuki-kominka.jp/
投稿者プロフィール

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ランチェスター顧客維持戦略「内勤営業育成講座」講師
インサイド営業・内勤営業育成コンサルタント
脳科学のプログラム「メンタルラボ」認定講師
自己成長のプログラム「宝物ファイル」認定講師
出身:島根県安来市、高校時代バレーボールで国体出場
趣味:古い街並み巡り♪
大阪商工会議所各支部、組合•団体、企業にてパソコン講座の講師を5年経験。
コンテンツ制作を担当したHPがNCネットワークのHPコンテストで最優秀賞を受賞。
2018年より内勤者がお客様づくりの仕組みをつくり営業を支援する「内勤営業育成講座:全10回講座」を企画開講し現在も継続中。
高槻商工会議所様、大阪産業創造館様、大阪労働協会 osakaしごとフィールド様、一般社団法人 住生活リフォーム推進協会(HORP)様にて研修を担当
内勤営業育成コンサルタント 藤原 紀子




