タイムマシンで恩返し
中学生一年生の頃、お寿司屋さんでアルバイトを
していた。
ある日、皿洗いをしていたら、大将が
「げんちゃん それが終わったら、
自転車で昨日の出前の桶を回収して来てくれるか」と
桶とお寿司の代金を集金をしてくるように言われた。
「ハイ!」
元気よく返事をしましたが
桶の回収と集金は初めての経験だった。
大将から、帳面を渡され開くと、
お客さんの名前と住所と金額を書かれていた。
私は、お客さんの住所を地図で確認しながら、
鉛筆でチラシ裏の白紙にカンタンな
集金ルートの地図を描いた。
大将は「『こんにちは!山海寿司です』
大きな声で挨拶するんやで。
お金をいただいたら、お客さんの顔を見て
『ありがとうございます』としっかり言うんやで」
演技を交えて商売の基本を教えてくれた。
私はお釣り用のお金が入った巾着袋を
カバンに入れて自転車に乗った。
それから30分ほどで、桶の回収と集金を終え
戻った。
集金したお金を入れた巾着袋を大将に渡すと
「えらい早いな!」と言って大将はパチパチと
ソロバンでお金の集計をした。
私は回収したすし桶を洗っていると
「御苦労さん。お金ぴったりあったよ!」
座敷のテーブルに半分腰掛けながら
大きな声で言った。
「なんでそんなに早く回収できたんや?」
大将は私に聞いた。
当時、私は毎朝、新聞を配達していて
近隣の土地勘があることや、
効率よく配達する方法を集金に応用したと
大将に伝えた。
すると大将は大きな手で
「げんちゃん えらいなぁ」と言って
頭をなでて誉めてくれた。
月末になって給料日。
お金の入った茶封筒を開けてみると、
思っていた金額よりも多かった。
時給単価が30円アップしていた。
うれしかったなぁ。
あのときのことは今でも覚えている。
大将に「ありがとうございます」
お礼を伝えると
「げんちゃん 頑張りや」と大将は笑顔で言った。
私は商売の本質をこのとき学んだ。
もうあれから40年が経つ。
先日、改めてすし屋のあったところへ行くと、
懐かしいあの頃の雰囲気はなく、
店は無くなっていて、数件の家が建っていた。
すし屋は随分前に店を閉めたようだった。
競合店ができたことや、お客さんが減って、
商売がうまくいかず、店を閉めたのだと知った。
大将のお店は小さかったけれど、
お客さまへの思いは大きかった。
競争には負けたかもしれないけれど、
私の心に教訓は活かされている。
でも。
ただ。
悔しかった。
あの時、笑顔で誉めてくれた大将の顔を思い出すと
寂しい気持ちになった。
私が今こうしてあるのも、
あのときアルバイトでいろいろと教えてくれた
新聞配達のことや、寿司屋の体験が私を支えてくれている。
そう信じている。
もし、今の私がタイムマシンに乗って
あの当時に戻ることが出来るのならば、
お世話になった大将にありがとうと感謝の気持ちと
ランチェスター戦略を伝えサポートしてあげたい。
しかし実際、そんなことは不可能だ。
十分に分かっている。
だからこそ、今、私ができることは、
大将と同じように、
地域で頑張る小さなお店の経営者を支え
応援することだと思っている。
それが大将への恩返しになると信じている。
私は今も、大将に「よく頑張ったなぁ」と
誉めてもらいたい。
だからこそ誠心誠意、一生懸命に取り組んでいる。
感謝の思いを込めて。